坂東工の生い立ちが壮絶!俳優やアーティストになれたのは元カノのおかげ?

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『バチェロレッテ』や『バチュラー』で司会を務める板東工さん

かっこいいですよね。

これまで多くの美男・美女を間近で見てきていますが、

板東工さん実は俳優だけでなくアーティストだったという事はご存じでしょうか?

板東工さんのこれまでの生い立ちが壮絶だったそうで、そこからアメリカで元カノに出会い、

その出会いがあったから、俳優としてもアーティストとしても成功したようです。

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板東工の壮絶な生い立ち

 

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いつも笑顔が似合う坂東工さん。

笑顔の中に何か影を感じてしまうのは、壮絶な生い立ちが関係しているようです。

板東工さんは生まれは徳島ですがその後東京に引っ越し、横浜に住んだり東京に戻ったりと、引っ越しを繰り返していたそうです。

というのも、

ご両親の仲が悪く、9歳の時にお母さんとお兄さん、そしてお姉さんと夜逃げ同然で家を出て、お父さんから逃れたそうです。

いわゆるお父さんはDVだったのかも知れません。

こちらは板東工さんのブログに書かれていた内容です。

豆電球の明かりの下、兄はそう言って飛びかかるが、すぐ離れる。殴り合うことができない資質なのだろう。

自分のこどもを餓鬼と呼ぶ父親、兄の背に隠れながら罵倒を続ける母親、震えながら立ち向かおうとする兄、2段ベッドの上からやめてよと叫ぶ姉、布団をかぶりながら祈る僕。

どれくらいそんな夜が続いたのだろう。

僕はいつからか祈るのをやめた。

両親がどうとか、これからのこととか、なんだか面倒くさいゲームのように思えた。
いつ終わるとも知らないこの時が、ただただ嫌だった。

引用:https://ameblo.jp/takumimoriyabando/entry-11985623941.html

酷すぎます。

それだけでなく、

両親の離婚後、お兄さんは大学へ進学し、お姉さんは海外へ留学。

お母さんは板東工さんをお母さんの会社の社宅へ残し大阪へ引っ越しし、

10歳から板東工さんは1人暮らしをしていました。

仕送りは3万円。銀行に行ってお金を引き出そうとすると、10歳の子どもだからおろさせてくれなかったり(笑)。

新聞配達、八百屋、海の家の設営などのバイトをしていて、小学生では普通言わないけれど苦学生でした。当時はバブル全盛期でみんなお金を持っているのに自分だけない(笑)。仕送り3万円でも、コンビニだと1食で1000円はかかる。

給食もなくて、1日1食の生活を送っていました。そのわりには、よくこんなに大きくなったなと思います(笑)。

小学校に通いながら働いていて、放課後みんなが遊んでいる時に夕刊を配っているわけですよ。

それを14・15歳の頃までやって。

部活に出る時間はなかったけど、道場で空手をやって、深夜にバイトをしていました。

大学生の3・4年時は自分で生活費や学費は稼いでいましたね。

21歳の時に起業したこともありましたけど、すぐに潰れてしまって、大学(日本大学芸術学部)にはほとんど通えていませんでした」

引用:https://sirabee.com/2019/11/30/20162201852/

本当に大変な幼少期ですよね。

こんな環境の中で育ったからこそ、色々な事にチャレンジし、失敗を怖れないのでしょうね。

そんな中でもずっとバイトをしながら学校に通い、大学まで卒業します。

19歳の時にアメリカに旅行に行き、オフ・ブロードウェイにある80席くらいの小さな劇場に行って『ファンタスティックス』を観て衝撃を受けたそうです。

『ファンタスティックス』についてはこちらの動画がわかりやすく解説されています。

ミュージカル世界最長ロングラン!ファンタスティックス。作品紹介vol.21

その経験から「ニューヨークへ住んでみたい!」と思い、

大学卒業後、アメリカへ単身渡ります。

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俳優やアーティストになれたのは元カノのおかげ?

 

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こんな風貌の板東工さんもかっこいいですよね。アメリカに住んでいた頃はこんな風貌だったのかも知れませんね。

アメリカ に渡った板東工さんは、最初の半年間は日本人コミュニティの中で住んでいたそうです。

しかし、その生活に違和感を感じます。

そんな中で板東工さんの人生を変える彼女に出会います。

人生に影響を与えた彼女との出会い

ニューヨークで知り合った日本人ダンサーが元恋人だったそうですが、実はその彼女は病気で亡くなります。

本当に一回一回命を燃やすように踊っていて、彼女を見て初めて表現というものを間近にした感覚になりました

僕の当時の恋人だったのですが、彼女は本当に命を燃やし尽くして亡くなってしまったんです。

それがわかったのが旅が終わってサンフランシスコに着いた時、そろそろ定住しようと思っていた時でした」

引用:https://career.joi.media/special/2019/09/05/12264/

その当時のことを板東工さんはこのよう言われています。

本当に満たされていました。そんなふうにして暮らしながらサンフランシスコに流れ着きました。

そこで、ダンサーの彼女の家に電話をしたら……彼女は亡くなったと聞かされました。

彼女のおばあちゃんが電話に出てね、彼女は病気だったと言うのです。

1年半前に、旅に出るその日に彼女が突然僕の前を去った……なぜか?

彼女は自分の病気のせいで僕の夢を殺したくなかったからなのか? ……でも、本当のことは、もう、どうあがいてもわからない。

だから、いろんな思いで頭の中がグチャグチャになりました。

1週間くらい、モーテルのベッドの上で動けなくなってしまい、心配した宿の人がシャワーを浴びせたり飯を食わせたりしてくれて、なんとか生かされていた感じです。

引用:https://thekeyperson.biz/interview/%E5%9D%82%E6%9D%B1%E5%B7%A5/

板東工さんはその彼女と一緒に旅に出ようと思って、車を買って準備をしたそうです。

すると明日から旅に出るという日になって、

彼女が突然「日本に帰る」

と言うので驚きつつも1人で板東工さんは旅に出ます。

それが、1年半経って連絡すると彼女は病気で亡くなっていたとは。

その彼女は自分の病気の事を知っていたので、命を燃やすようなダンスをしていたのかもしれませんね。

しかし、

この彼女のおかげで今の板東工さんがあるようです。

元カノが亡くなり1週間ほど、全く身体が動かなくなり寝たきりになったそうです

しかし、

そこから俳優やアーティストになる道が開けます。

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坂東工は元カノの死で俳優を目指す

 

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板東工さんのこの写真はバチェロレッテのインタビューのようです。

板東工さんは、実は俳優さんで先ほどの亡くなった元カノの影響で表現の道へ進んだそうです。

アメリカの演劇学校入学

元カノが亡くなり、心身共に気力が無くなっていた時、

たまたま演劇学校の学生募集のお知らせを見てとにかく身体を動かそうと思い、演劇学校へ入学します。(板東工さん当時24歳)

それがこちら、

American Conservatory Theater(ACT)

という多くのハリウッド俳優を輩出している名門校です。

はじめのうちは、アメリカに来て2年経っていましたが、英語も何も全く勉強してこなかったので地獄だったそうです。

あまりにも悔しかったので、1日14時間くらい猛勉強をし、半年後には一番上のクラスに入ることが出来たそうです。

ネイティブでないアジア人としては初めての事だったそうです。

凄い努力家ですよね。

これも元カノが

『命を燃やすような踊り』

を板東工さんの胸に刻んだから頑張れたような気がします。

その後、当時の教師の勧めでニューヨークへ戻り、今度は違う演劇学校へ通います。

生活費や学費などはウェイターのバイトをしながら稼いでいたそうです。

ミューヨークへ帰ってからはパフォーマンスグループも作り、ぶっつけ本番で踊ったりしていたそうです。

「それまでダンサーをやったことがなく心は不安なのですが、人間って追いつめられると何か出すものですね。

出して出して出し切って、亡くなった彼女と邂逅(かいこう)するような感覚になりながら失神するまで踊り続ける。

表現者として自分も燃え尽きるようになりました。僕の最初のパフォーマンスの体験といっていいでしょう」

引用:https://career.joi.media/special/2019/09/05/12264/

このように板東工さんの胸の中には亡くなった元カノが生き続けていたようですね。

どこか腹が据わった、落ち着いた様子は

このような経験があったからのようですね。

演劇学校や、パフォーマンスグループの経験が活きてきて、段々と俳優の仕事も増え、

26歳でやっと俳優としてお金を貰ったそうです。

それからはCM出演も増えてきて相当な収入が有ったそうですが、どうしても使い捨てで、役も単なるアジア人という状態でモヤモヤしていたそうで、そんな時にビッグチャンスが訪れます。

ハリウッドデビュー

大御所監督、クリント・イーストウッドによる『硫黄島からの手紙』(2006)のオーディションに参加するチャンスが訪れます。

そして見事合格!

こちらの写真は『硫黄島からの手紙』撮影時、クリント・イーストウッド監督との思い出の一枚です。

クリント・イーストウッド監督と坂東工

(画像引用:https://career.joi.media/special/2019/09/05/12264/)

板東工さん若いですよね~

板東工さんは、二宮和也さんが演じる主人公西郷が所属する部隊の中隊長 谷田大尉役でした。

硫黄島からの手紙 栗林忠道中将という人

二宮和也さんもメチャクチャ若いです。

硫黄島からの手紙はAmazon Prime Videoで視聴可能です。

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板東工さんは迫真の演技で自分自身のソウルを出し尽くしたそうです。

これは亡くなった元カノの遺志を継いでいるのかも知れませんね。

板東工さんはこの事についてこのように語られています。

死ぬシーンを演じた後、言語障害になっちゃって。

本当の自分も死んだんです。

しばらくのあいだは3行の台詞を覚えられないくらいに脳がパニックになりまして。

それを克服するのには結構時間がかかりましたね。

まさに燃え尽きるかのように演技をした結果だと思います

引用:https://career.joi.media/special/2019/09/05/12264/

死ぬ演技をして、本当に自分の身体に影響が出るほどってどんな演技なのでしょうか?

本当に自分自身が死んだつもりで演技したのでしょうね。

凄すぎます。

加瀬亮に魅せられ帰国

板東工さんは硫黄島の撮影中に加瀬亮さんの演技に魅せられ日本に帰ることを決断します。

こちらが硫黄島からの手紙での加瀬亮さんです。

かっこいいですよね。

硫黄島からの手紙 | 正直しんどいまいにち。

板東工さんはその当時のことをこのように言われています。

硫黄島の撮影中に衝撃を受けました。この人すげえ、この人には負けたっていう人がいて。

それが加瀬亮さん。

加瀬さんには台詞も動きもなんにもないシーン、カメラも僕に向いているっていう時に、ふっと見ちゃうんですよ。

岩でもありながら台風でもあるというか、静と動のエネルギーに魅せられてしまうというか。

こんな人が日本にいるのなら、今僕はアメリカにいることはない、日本に帰ろうと決断しました

引用:https://career.joi.media/special/2019/09/05/12264/

板東工さんがここまで言うほど加瀬亮さんの演技は素晴らしかったのでしょうね。

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坂東工は偶然の出会いでアーティストに

 

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日本に帰国後、中目黒を歩いていて偶然に入ったギャラリーで、ご縁があり、アーティストとして創作活動の切っ掛けとなります。

そのお店のオーナー(女性)が、

板東工さんが創った革の腰巻きを見て声をかけてくれ、バックミンスター・フラー繋がりで仲良くなり、その彼女から、2011年

「新しいお店を出すのでアーティストとして参加して下さい」

といわれ、アーティストとしての活動を行うようになりました。

凄い才能です!

ちなみにバックミンスター・フラーはアメリカの思想家で、建築家、デザイナー、詩人、発明家として活躍した人です。

アーティストといっても何をしている人かわからないですよね。

板東工さんは、レザーや石のアート作品を創られているそうです。

板東工さんとご縁のあった中目黒のお店ですが、『ジオデシック』という名前のお店で、今は無いと言われていましたが探してみるとありました。

中目黒を歩いていてフラッと入ったお店で、僕が作った革の腰巻きをみて「それなぁに?」と声をかけてくれた女性がいました。

彼女が、このお店のオーナーだったので、名刺をお渡ししました。

その時の僕の名刺の裏にバックミンスター・フラー(※06)という人の散文が書いてあって、彼女がオーナーをしているお店の名前もフラーの建築物からとったものだったのです。

いまは、もうありませんが『ジオデシック』という名前です。

不思議な偶然ですよね?

引用:https://thekeyperson.biz/interview/%E5%9D%82%E6%9D%B1%E5%B7%A5/

そして出会った彼女は森下まゆりさんでは無いかと思われます。

学生時代から父の元でインテリアデザインを始め、そのままインテリアデザイナーに。約5年の活動のあと、アパレルに身を委ねる事に。

イトキン株式会社にて、バッグ・アクセサリーのデザイナーを経て、オンワード樫山にて「SUIVI.」のアクセサリー、バッグ、ベルト、靴、スカーフ、時計などのデザインを担当し、

インショップで使用する小型のショーケースの設計まで手がけ、全国展開。

引用:http://www.geodesique.co.jp/philosophy/index.php

このような方に目をかけて貰うって本当に才能があるのでしょうね!

板東工さん。(間違えているようでしたらご指摘願います。)

板東工さんのブランド名は「Takumi Moriya Bando」
一般販売はされてないそうです。

アジアンフィルムアワード衣装美術賞ノミネート

板東工さんはその後、衣装デザイナーの黒澤和子さんにも気に入られ、服なんか作ったことが無いのに、衣装の作成にも取り組みます。

映画『真田十勇士』の為の衣装を製作するといきなりアジアンフィルムアワード衣装美術賞にノミネートされます。

本当に凄い才能ですよね。

その後も映画『忍びの国』では鈴木亮平の衣装を、そして大河ドラマ『西郷どん』では渡辺謙の衣装をそれぞれ担当します。

こちらは『西郷どん』で渡辺謙が着た衣装です。

俳優・アーティスト坂東工(取材風景)

ここでも革へのこだわりがあるようです。

新しい美術館の立ち上げ

板東工さんはその後、製作者ではなく、キュレーターとしても活動されます。

キュレーターとは博物館や美術館で研究・収集・展示・保存・管理などを行う役の人で、

2019年の6月にはオンライン美術館、iiwiiを立ち上げます。

こちらの動画で詳しく説明されています。

iiwii – NewYork初展示に向けてのクラウドファンディング

これを見るとバチェラーやバチェロレッテを思い出しますね。

板東工さんはやったことがないことをやってみるのが好きだそうで、バチュラーやバチェロレッテの司会や衣装作成、そしてこのオンライン美術館、iiwiiのように、自分で立ち上げるところから始めるのも好きなのだそうです。

このように板東工さんはアメリカに渡り、元カノのダンサーに出会い、そして彼女の死から俳優を目指し、アーティストの道へと進まれました。

ダンサーの元カノに出会っていなければ本当に今の板東工さんはなかったのでは無いでしょうか?

そしてもう一つ板東工さんは壮絶な生い立ちを過ごしてアメリカに渡ります。

この経験がなければアメリカにも行っていないかも知れません。

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板東工プロフィール・経歴

 

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板東工さんは学生時代空手を習っていたそうで、アーティストだけでなく、武術も長けているようです。

名前:坂東 工(ばんどう たくみ)

生年月日:1977年7月25日

年齢:43歳(2020年10月現在)

職業:俳優・アーティスト

出身:東京都

身長:177cm

学歴:日本大学芸術学部卒業

略歴

2000年:大学卒業後、ニューヨークへ渡りその半年後に西海岸のサンディエゴより地球4周分16万キロの旅開始。

その間、採掘、狩猟などに興味を持ち、主にネバダ州、コロラド州、アリゾナ州などを周ります。

2002年:ニューヨークへ戻りエージェントと契約

2004年:演出なし振付なし台本なしのパフォーマンス集団を立ち上げ東海岸各地で公演

2005年:マーティン・スコセッシ監督作品「ディパーテッド」にChinese Triadとして参加

2006年:「硫黄島からの手紙」のオーディションに合格しメインキャスト・谷田大尉役でハリウッドへ進出

2009年:映画「レインフォール」でゲイリー・オールドマンと共演

2011年:中目黒のギャラリー・ジィオデシックで声をかけられ、渋谷西武デパートに作品を提供販売する。8月に同ギャラリーにて初の個展を開催。

2013年:川崎市美術展にて作品「生きる」が立体造形部門奨励賞する

2014年:戦地の中東などを中心に世界一周の旅に出る

2015年:衣装デザイナーの黒澤和子から映画『真田十勇士』の衣装製作を依頼され手掛けています。

2017年:世界30カ国で製作されるリアリティーショー、「ザ・バチェラー」にて司会進行役で出演

2018年:NHK大河ドラマ「西郷どん」にて渡辺謙(島津斉彬役)の衣装デザイン製作を担当

「バチェラー・ジャパン」シーズン3の司会進行役を担当

2019年:「バチェラー・ジャパン」シーズン3の司会進行役を担当

2020年:「バチェロレッテ・ジャパン」の司会進行を担当

結婚してる?

このような板東工さんですが、結婚はしているのでしょうか?

実は結婚しているという情報は全くありません。

アメリカで出会った元カノ以外全く浮いた話しは聞きませんが、伊達公子さんが好きだという事はわかりました。

板東工さんの好きはタイプはテニスプレーヤーの伊達公子さん

 

板東工

顔がデレデレしていますね。

バチェロレッテやバチュラーではこんな顔は見たことがありません。

子供がいるの?

板東工さんは結婚していないはずですが子供さんがいるような情報があります。

それはこちらの写真です。

 

 

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こちらには「生意気盛りです」と書かれています。

それで結婚して子供がいるのでは?

と思われていますが、実際のところははっきりわかっておりません。

しかし板東工さんにとって元カノとの出会いが全てのはじまりだったような気がします。

バチェラー・バチェロレッテでの立ち位置

板東工さんはバチェラーで3回そしてバチェロレッテで司会進行をしていますが、いつも冷静で淡々と司会進行を行います。

ローズセレモニーで多くのみんなが泣いていても何事もないように振る舞っています。

今までの経歴から考えるとそれが板東工流なのでしょうね。

板東工さんはこのように語られています。

進行を担う上で気をつけていることは

「感情移入をしない。あくまでもニュートラルに。バチェラーの選択をサポートする人なので彼の選択を100%支持するということです。まさに“バトラー”(執事)ですよね(笑)」

とあえて存在感は出さない。

なかでも毎回最後に行われるバチェラーが次回に残る女性を選び、名前を読み上げ1本のバラを渡す『ローズセレモニー』でも感情を出すようなリアクションはなく、静かに見守っている。

引用:https://www.oricon.co.jp/news/2144733/full/

 

流石バトラーです。

素敵すぎます。

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バチェロレッテについて詳しく知りたい方はこちらの関連記事をお読み下さい。

【バチェロレッテ】特集ページ!第1話から最終話までネタバレあり

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まとめ

坂東工の生い立ちが壮絶!俳優やアーティストになれたのは元カノのおかげ?について記事にしました。

思った以上に板東工さん壮絶な人生を歩んでいました。

 

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