国保陽平(大船渡・佐々木朗希の監督)経歴とプロフは?夏の甲子園出場なるか?

高校野球
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こんにちは。第101回全国高校野球選手権岩手大会は24日、県営野球場で準決勝があり、高校史上最速となる163キロをマークした佐々木朗希(ろうき)(3年)を擁する大船渡が、一関工を5―0で破った。佐々木は被安打2で完封した。大船渡の決勝進出は1998年以来21年ぶり。84年以来、35年ぶり2回目となる夏の甲子園出場をかけ、25日の決勝で花巻東と戦いますが、毎試合佐々木朗希の登板をどのように行うか?色々と考えている国保陽平監督について調べていました。

追記 7月25日 やはり佐々木は投げさせませんでしたね。

「高校野球岩手大会・決勝、花巻東12-2大船渡」(25日、岩手県営球場)

プロ注目の大船渡・佐々木朗希投手(3年)は登板・出場なしで敗退した。試合後、「監督の判断なのでしょうがないと思います」など思いを語った。

佐々木は24日の準決勝・一関工戦で完封していた。決勝で登板すれば連投だったが、国保監督は「私が判断しました」と温存を決断。理由は「故障を防ぐ」ためとし、「投球間隔と気温です。今日は暑いですし」と理由を説明した。

取材には「高校野球をやっている以上、試合に出たいのは普通のこと。投げたい気持ちはあった」と正直な思いもはき出した。「負けてしまいましたけどチームメートはすごく頑張ってくれた。誇らしく思います」と仲間をたたえ、「大船渡を選んで良かったな」とも語った。

 

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国保陽平(こくぼ ようへい)

出身地:岩手県盛岡市

生年月日:1987年3月4日

年齢:32歳(7/22現在)

身長:182cm

体重:90kg

投・打:右投・右打

ポジション:外野手

出身高校:岩手県立盛岡第一高校

出身大学:筑波大学 

社会人クラブチーム「Tsukuba Club」を経て、2010年にアリゾナサマーリーグに参加。同年、アメリカ独立リーグのゴールデンベースボールリーグに所属するティフアナ・シマロンズと契約

25試合に出場し、.254(59打数15安打) 2本 7打点の成績を残すも、同年限りで退団。

帰国後に体育教師として岩手県立花巻農業高校に赴任。野球部監督となる。

2017年4月より岩手県立大船渡高校に異動し、野球部監督に就任

丁度佐々木朗希が入学した年に就任していますから一から佐々木を指導しています。

佐々木の使い方について

「日本を代表して、世界のどの国に出ても一生懸命やっていけるように。野球がすべてではないですけれど、その後の人生につながるようにやっていけたら良い」

「私が大学や専門家の方々に教えていただいたことを選手に伝え、選手たちが取捨選択して納得の上で決断するようにやっているつもり」

このように述べてます。

国保陽平監督の苦悩

岩手大会準々決勝の久慈戦(22日)で、絶対的エースの佐々木を前日に194球を投げた疲労を考慮して完全欠場させ、試合が延長11回にもつれこんでも方針が揺らぐことがなかったからだ。高校野球関係者からは「才能のあるエースに投球過多を強いては潰してきた高校野球の常識が、ようやく変わりつつある」と称賛する声も上がっている。

もっとも国保監督に課せられたミッションは、“令和の怪物”の異名を取る佐々木を壊さないことだけではない。

某パ・リーグ球団スカウトは「日米のスカウトは、なんとか佐々木やその家族に好印象を持ってもらおうと躍起だが、規定で本人に接触することはできない。窓口になっているのが国保監督だ。周囲には代理人事務所やマネジメント会社関係者もウロウロしていて、国保監督も神経をとがらせている。中には、肩書はスカウトなのに『将来的に佐々木君のマネジメントをさせてもらえないだろうか』なんて言ってくる輩もいるというから、国保監督も大変だよ」と苦笑交じりに明かす。

このように佐々木投手の使い方だけでなく、スカウト等の窓口もなっていて本当に大変です!

春の選抜で「21世紀枠」を国保監督が辞退したとの話もありましたね。

本当にスーパースターが選手にいると大変です!

夏の甲子園出場は?

ここまで大船渡は

2回戦で遠野緑峰に14―0(五回コールド)

3回戦は一戸に10―0(六回コールド)

4回戦は盛岡四を相手に延長十二回、4―2で競り勝った。

(佐々木はこの試合で完投し、奪三振21、最速160キロをマーク)

準々決勝の久慈戦は佐々木は出場しなかったが、延長十一回、6―4で勝った。

そして今日佐々木が投げて勝ち、明日が決勝ですが、今日佐々木が投げたことで明日はもしかしたら先発しない可能性があります。

この判断は本人の気持ちと国保監督の思いが一致すれば明日も先発する可能性もありますがどうなるでしょうか?

 

追記7月29日 決勝で佐々木投手が投げなかったことで色々と賛否両論が起こっていますが。。。

「令和の怪物」こと大船渡・佐々木朗希投手(3年)の登板回避問題が各方面に波紋を広げている。国保監督が決勝戦の敗退後に「理由は故障を防ぐため。この3年間の中で一番壊れる可能性が高いのかなと思った」と説明した佐々木の身体的不安は、どうやら昨秋の岩手県大会で痛めていた「股関節痛の再発」にあったようだ。

大船渡に近い関係者は「言われているような肩、ヒジの問題ではない。彼の場合は去年秋の県大会から股関節に不安があった。盛岡四戦で194球を投げた3日後の準決勝(一関工戦)で129球を投げた過程の中、そこの不安が出てきたんでしょう。そういった流れがあっての決断。監督はあの(決勝戦の)朝、突然判断したわけではない」と証言した。

同箇所は大船渡が今春センバツ出場を逃した直接の原因である、昨秋の岩手大会3位決定戦(対専大北上)直前で発症した、163キロ右腕・佐々木の“アキレス腱”とも呼べる部分だった。

この時は前日の準決勝・盛岡大付戦で166球を投げた佐々木自身が股関節痛を自己申告し、国保監督に「今日は投げられません」と告げた。大事を取って3位決定戦の先発を回避した。

結果的にこの3位決定戦では、10―9と専大北上に追い上げられた8回に佐々木はブルペン入り。無死二塁のピンチでリリーフ登板するも、やはり投球は万全には程遠く、3連打と押し出し四球で逆転を許し、東北大会進出を逃している。

以来、国保監督は外部の医療関係者、スポーツクリニックなどと連携を図りながら、最後の夏に向け佐々木の患部の治療やケアに加え、再発防止に細心の注意を払ってきた。しかし、恐れていたその不安要素が21日の盛岡四戦後から24日の準決勝・一関工戦にかけて表れてしまったのだろう。

確かに160キロをマークし、150キロ台の速球を連発していた21日の盛岡四戦に比べ、24日の一関工戦では立ち上がりの2イニングこそ150キロ台の直球を連発したが、リードを奪った3回以降は球速を140キロ台に落としていた。また、この試合では本来クイックの速い佐々木が、相手走者から4度の盗塁を企図された。

佐々木は24日の試合後に「(体調は)だいぶ回復した。(状態は)7割以上まできている。勝ち上がるために脱力することは前からやっている。質のいいボールが投げられた」と振り返ったが、ネット裏のスカウトからは「どこかをかばった上体投げのように見えた。器用だからピッチングになっていたけれど、盛岡四戦に比べて下半身が使えていないようにも見えた」という声も聞かれた。

いずれにせよ、この監督判断が正しく「令和の怪物」を故障から守り、夏の甲子園終了後に控えるU―18日本代表に佐々木が万全の体調で選ばれることを今は願うばかりだ。

まとめ

国保陽平(大船渡・佐々木朗希の監督)経歴とプロフは?夏の甲子園出場なるか?について記事にしました。明日の決勝どうなるでしょうか?

コメント

  1. […] […]