梅宮辰夫は「仁義なき戦い」でどんな役柄だったの?名言とは?映像はあるの?

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こんにちは。俳優の梅宮辰夫さん(81歳)がけさ7時40分、神奈川県内の病院で慢性じん不全のため亡くなりましたが、梅宮辰夫といえばやはり「仁義なき戦い」今の若い世代はおそらく「仁義なき戦い」を知らないのではないでしょうか?梅宮辰夫さんの仁義なき戦いでの役柄や名言について調べてみました。

 

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仁義なき戦い

仁義なき戦い(予告編)

仁義なき戦い』(じんぎなきたたかい)は、飯干晃一の原作による日本のノンフィクション。第二次世界大戦後の広島県で発生した「広島抗争」の当事者の一人である美能幸三の手記に飯干が解説を加えた内容となっている。1973年1月に東映により同タイトルで映画化されて大ヒット作となり、全5作のシリーズが製作された。

『週刊サンケイ』1972年5月19日号から作家の飯干晃一による「広島やくざ・流血20年の記録 仁義なき戦い」と題するノンフィクションの連載が始まった。この連載は戦後の広島県で発生した「広島抗争」に当事者として関わった美能幸三が網走刑務所で服役中に執筆した原稿用紙700枚に及ぶ手記をベースとし、これに飯干が当時の状況を書き加えた内容となっている。

団体・人名・地名も全て実名で掲載されており、手記と解説が一対になって広島抗争が事件や行事ごとに時系列に沿って進行する。「週刊サンケイ」で連載が開始されると圧倒的な人気となり、印刷所ではゲラの奪い合いになったという

獄中手記を美能幸三が執筆することになったきっかけは、中国新聞報道部記者の今中亙が『文藝春秋』1965年4月号に寄稿した手記「暴力と戦った中国新聞 – 菊池賞の栄に輝く “ペンは暴力よりも強し “への怒りと悔しさだった。

網走刑務所で服役中の美能は、文藝春秋に掲載されたこの手記を偶然見つけ、懐かしさのあまり飛びついて読んだが、10日間もメシが食えないほど腹が立った。

ケンカの張本人が自分と決めつけられている上、身に覚えのないことまで書かれている。「美能が他の組幹部の意向を無視して山口組と勝手に盃を交わした」「破門された美能が山口組と打越会に助けを求めた」という記述があった。

特に美能は「打越会に助けを求めた」という部分にプライドを傷つけられた。「ヤクザとして生きていく以上、助けを求めたなどと書かれては黙ってはいられない。ウソを書かれて悔しい」と翌日から舎房の机にかじり付いた美能はこみ上げてくる怒りを抑えながらマスコミに対する怨念を込め、7年間を費やして原稿用紙700枚の手記を書き上げた

凄い執念ですね!昔のヤクザは本当に凄いです!

このため『週刊サンケイ』で連載が決定したとき、美能は「登場人物を全て実名で掲載すること」をその条件とした。実名を出せばトラブルになることはわかっていたが、あくまで名誉回復のためなので「実名でなければ断る」と頑なだったという。

1971年秋、『週刊サンケイ』の矢村隆編集部次長は掲載許可を取りつけるため東京のホテルで美能と会った。手記の原稿には所々「幸三、お前の意志が弱いからだ」となどの注釈が書き込まれていた。これは美能が母親に読んでもらったときのもので、美能としてはそもそも無関係の第三者に読ませるつもりはなかった。しかし、5度目の交渉でようやく掲載を承諾した。

このとき美能のつけた条件が前述の登場人物の実名掲載だった。彼は「『中国新聞』も『文藝春秋』もみんな実名で書いている」と言うのである。矢村が編集長と相談し、その条件を飲んで正式に打診した。現在とは社会背景も大きく違うとはいえ、当時、登場人物を実名にしたままで『仁義なき戦い』が世に出たことはまさに驚愕に値する。『週刊サンケイ』の担当者は、ヤクザから数多くの恫喝を受けたといわれる

こういった経緯をしっかり知った上で映画を見ると本当に面白いと思います!

 

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梅宮辰夫の役柄は?

山守組(モデル・山村組)

もともとは闇市の土建屋だったが若者たちを集めて博徒「山守組」となる。土居組壊滅後、呉の覇権を握り大組織となるが統制がとれず内部抗争がおきる。

  • 山守義雄(モデル・山村辰雄)(演者・金子信雄)…山守組組長。吝嗇、臆病、狡猾な策士。朝鮮特需で富を得て県有数の実業家になるが子分からの人望はまるでない。自分の地位を守るため子分同士を争うように仕向ける。
  • 坂井鉄也(モデル・佐々木哲彦)(演者・松方弘樹)…山守組若衆頭。組を公平に運営しようとするが山守の策謀もあって、これに不快を示す幹部仲間を次々と粛清する。子供への土産を買っている最中に射殺される。
  • 広能昌三(モデル・美能幸三)(演者・菅原文太)…山守組若衆(幹部)。物語の主人公。復員して鬱屈した日々を過ごしていた時にひょんなことから山守組のために殺人を犯し服役する。すぐに出所して組員となるが土居組との抗争やその結果の長期間の服役を経験し、出所後は内部抗争に巻きこまれていく。山守と坂井を和解させようとするが、両方に裏切られる形となる。坂井の葬儀の場でピストルを乱射。
土居組(モデル・土岡組)
  • 土居清(モデル・土岡博)(演者・名和宏)…土居組組長。広能に暗殺される。
  • 若杉寛(モデル・大西政寛)(演者・梅宮辰夫)…土居組若衆頭で後に山守組につく。広能の兄貴分で広能から慕われていた。広能逮捕後、山守の本性に気付き神原射殺後に逃亡中の隠れ家を警察に踏み込まれ射殺される。密告者は山守か槙原と推測される。

名言集と映像

これが一番有名ですよね!

もう一度最初から最後まで見たいですね!

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まとめ

梅宮辰夫は「仁義なき戦い」でどんな役柄だったの?名言とは?映像はあるの?について記事にしました。ご冥福をお祈りいたします。

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