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【画像】大﨑洋の若い頃はサーファーでダウンタウンの育ての親

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吉本興業で、社長や会長を歴任されてきた大﨑洋(おおさき ひろし)さん。

2019年の闇営業問題の時には代表取締役会長を務めており、世間からかなり批判を浴びていましたね。

そんな大﨑洋(おおさき ひろし)さんは、もともとダウンタウンのマネージメントをされていた方です。

ダウンタウンが売れる前からずっと目をかけていて、ダウンタウンの育ての親とも言われています。

あのダウンタウンの育ての親なんて、大﨑洋(おおさき ひろし)さんはすごいエリートの方なのかと思ったのですが、実は若い頃はやる気のない窓際族だったのだとか。

なんだか気になりますよね。

そこで今回は、『大﨑洋の若い頃はサーファーでダウンタウンの育ての親』と題し、ダウンタウンの育ての親・大﨑洋さんについてご紹介します。

ダウンタウンの若い頃についてはこちらの関連記事をお読み下さい。

【画像】ダウンタウンの若い頃がかっこいいけど怖かった?!デビューから解散(引退)危機までを時系列に紹介

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【画像】大﨑洋の若い頃はサーファーで吉本入社は母のツテ

(画像引用:吉本興業

大﨑洋さんは大学時代サーファーで、あまり真剣に勉強はしていなかったそうです。

周りの同級生が就活を始めても、自分には就職は無理だと諦めて、当時の彼女に養ってもらおうと考えていたのだとか。

それってつまりヒモですよね。

しかし母のツテを利用し、吉本興業への入社を決めます。

ヒモになろうとしていた大﨑洋さんが、吉本興業に入社するまでには一体どんなきっかけがあったのでしょうか。

大﨑洋さんの生い立ちから、吉本興業に入社するまでをご紹介します。

大﨑洋の生い立ち

(画像引用:日本経済新聞

大﨑洋さんは、1953年7月28日に大阪府堺市で生まれました。

実家は特別裕福だったわけでもなく、本当に平凡な家庭だったそうで、祖父母と両親、姉との6人暮らしでした。

両親は共働きで、父は堺市の魚市場近くの冷凍工場(現在のニチレイ)に勤務、母は西成で幼稚園教諭として働いていたそうです。

そして、共働きで忙しかった両親に変わり、幼い頃から日常の躾をしてくれたのは祖父母だったのだとか。

しかし祖父が元海軍だったこともあり、その指導は超スパルタだったそうです。

1969年、大﨑洋さんは泉北ニュータウンに新設された大阪府立泉北高等学校に1期生として入学しています。

しかし大﨑洋さんが高校にが上がる頃、祖父母が2人揃って認知症になってしまったそうです。

高校生という多感な時期を、仕事を辞めた母が専業主婦として祖父母を必死に介護をする姿を見て過ごしたんですね。

大﨑洋は大学時代にサーファーでロン毛だった

(画像引用:関西大学社会学部

大﨑洋さんは高校を卒業後、二浪して関西大学社会学部に進学しています。

大学に入ってからはサーフィンにはまり、髪型もロン毛にしていたそうです。

ちなみにこちらが、70年代のサーファーファッションを再現した写真です。

(画像引用:BRUTUS

大﨑洋さんもこんな感じだったんでしょうか。

この頃の大﨑洋さんは、大学卒業後の進路について「海の近くで銭湯でもやるか」と気楽に考えていたそうです。

大﨑洋が吉本興業に入社した理由

「海の近くで銭湯でもやるか」と考えていた大﨑洋さんが、吉本興業に入社するきっかけはなんだったのでしょうか。

どうやら、同居していた友人がキャンディーズのいる渡辺プロに就職を希望していたことに影響されたようです。

芸能事務所は多くありますが、その中で吉本興業を選んだ理由は「私服通勤ができて、休みも多そうだったから」なのだとか。

私服通勤なら、朝サーフィンをしてそのまま出社も出来ますもんね。

こちらの動画の19分21秒から、大崎洋さんが吉本興業に入ったきっかけを話されています。

大﨑洋は吉本興業入社時ダメ社員だった

2024年現在吉本興業の取締役を務め、以前は社長や会長も務めた大崎洋さんですが、実は入社時はやる気のないダメ社員だったそうです。

実は大崎洋さん、お母さんが通っていた手芸教室の先生が花紀京さんのお姉さんだったツテを利用し、吉本興業には母のコネで入社していました。

そのため、同期の中ではビリの窓際族で、会社のお荷物的な存在だったそうです。

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【画像】大﨑洋の若い頃|ダウンタウンの育ての親と言われる理由は

(画像引用:デイリー新潮

吉本興業で窓際族だった大﨑洋さんですが、ダウンタウンの育ての親と言われています。

若い頃の大﨑洋さんとダウンタウンはどのようにして出会い、ダウンタウンがブレイクするまでに一体何があったのでしょうか。

大﨑洋さんがダウンタウンの育ての親と言われる理由についてご紹介します。

大崎洋とダウンタウンの出会いは?

(画像引用:産経ニュース

大崎洋さんとダウンタウンのお二人の出会いは、NSCでした。

大崎洋さんは吉本興業の社員としてNSCの開校を担当しており、高校を卒業したばかりのダウンタウンは1期生としてNSCに入校しています。

NSCの開校を担当していたと言っても、大崎洋さんは基本的には掃除担当の窓際族でした。

しかし、ダウンタウンと出会いその才能に衝撃を受けると、頼まれてもいないのに初代マネージャーを買って出て、ダウンタウンの面倒を見るようになりました。

大崎洋さんはダウンタウンの才能を見抜き、早くから目をかけていたんですね。

大崎洋がダウンタウンの育ての親と言われる理由は

『3人目のダウンタウン』と呼ばれることもある大崎洋さんは、ダウンタウンを見出した育ての親だと言われています。

と言うのも大崎洋さんは、同期のハイヒールやトミーズが売れっ子となっていく中、才能はあるのになかなかブレイクのチャンスを掴めずにいたダウンタウンに居場所を作ろうと奮闘しました。

ダウンタウンのネタ作りに同席し、書記係を務めることもあったのだとか。

大崎洋さんは、初めてNSCでダウンタウンの漫才を見た時から、「こいつら連れて吉本辞めたら、一生食っていける」と確信するほど、ダウンタウンの才能に惚れ込んでいたようです。

会社にも舞台の客にも面白さをわかってもらえず悩む2人を見た大﨑さんはマネジャーを“勝手に”引き受け、

大阪ローカルのラジオ番組、心斎橋筋2丁目劇場、「4時ですよ~だ」(MBS)など

居場所を作って人気者にし、東京進出のきっかけを作りました。

(引用元:東洋経済オンライン

大崎洋さんは、「ダウンタウンがのびのびと漫才ができる場所を作りたい」という思いで、若手が漫才を披露する場として『心斎橋筋2丁目劇場』をスタートさせています。

また、ダウンタウンのブレイクのきっかけとなった番組『4時ですよーだ』では、自らプロデューサーを務め、16時台の番組で最高視聴率14%というすごい記録を残しています。

まさに、ダウンタウンの育ての親ですね。

ダウンタウンが東京に進出後は、『ごっつええ感じ』などで共演もされていました。

次の動画の1分55秒から、ゴッツええ感じで大崎洋さんとダウンタウンがドッキリで喧嘩をしているシーンを見ることが出来ます。

息ぴったりですが、喧嘩の迫力が凄すぎます…。

また2019年に吉本興業の闇営業が問題になった際には、大崎洋さんは会長を務めており、その進退が注目されていました。

この時松本人志さんは、大崎洋さんが吉本興業を辞めるなら、自分も辞めると言い切っています。

大崎会長が「これ以上騒動が大きくなるようであれば、進退を考えなければいけない」

と話したことも明かしたが、

松本は「それは僕は全力で止めます。大崎さんがいなかったら僕も辞めるので。

うちの兄貴なんで。

大崎さんがいなくなったら僕は(吉本を)辞めますね」

と言い切った。

(引用元:日刊スポーツ

ダウンタウンと大崎洋さんの絆の強さが分かるエピソードですね。

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【画像】大﨑洋のプロフィールと学歴・経歴

(画像引用:exciteニュース

ごく普通の家庭からコネで吉本興業に入社し、窓際族から社長にまで上り詰めた異色の経歴を持つ大﨑洋さん。

どんな方なのか気になりますね。

ここからは、大﨑洋さんのプロフィールと学歴、経歴についてまとめてご紹介します。

大崎洋のプロフィール

(画像引用:朝日新聞

名前:大﨑洋(おおさき ひろし)

生年月日:1953年7月28日

年齢:70歳(2024年2月現在)

出身地:大阪府堺市

出身大学:関西大学社会学部

大崎洋の学歴

(画像引用:リクルート

大崎洋さんの学歴がこちらです。

1969年4月:大阪府立泉北高等学校に入学

1972年3月:大阪府立泉北高等学校を卒業

1974年4月:関西大学社会学部に入学

1978年3月:関西大学社会学部を卒業

高校を卒業後は、二浪して関西大学に進学しています。

出身の小中学校は明らかにされていませんが、平凡な家庭だったと言われていることから、公立の小中学校に通っていたと思われます。

大崎洋の経歴

(画像引用:Yahoo!ニュース)

大崎洋さんの大学卒業後の経歴がこちらです。

1978年4月:吉本興業入社

1980年:東京事務所に異動

1982年:大阪に移動し、NSCの担当になる

1986年:心斎橋筋2丁目劇場を立ち上げる

1986年:『4時ですよーだ』のプロデューサーになる

2000年:よしもとファンタンゴの取締役に就任

2001年:吉本興業取締役、よしもとアール・アンド・シー取締役に就任

2002年:有明スタジオ取締役兼務に就任

2006年:吉本興業取締役副社長に就任

2009年:吉本興業代表取締役社長に就任

2018年: 内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局「わくわく地方生活実現会議」委員に就任

2019年:吉本興業ホールディングス代表取締役会長]、公益社団法人2025年日本国際博覧会シニアアドバイザーに就任

2022年:近畿大学客員教授に就任

2023年3月:著書『居場所』を出版

2023年4月27日:吉本興業ホールディングス代表取締役会長を退任

大崎洋さんは、吉本興業株式会社代表取締役社長に就任した際、60年間上場していた吉本興業を非上場にし、自ら420億円の連帯保証人になっています。

約10年間吉本興業の社長を務めた後、2019年から吉本興業ホールディングスの取締役会長を務めていましたが、大阪・関西万博催事検討会議の共同座長に就任するため、2023年4月27日付で会長職を退任されました。

2024年2月現在も、吉本興業ホールディングスには取締役として席を置かれています。

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まとめ

ダウンタウンの育ての親と言われている大崎洋さんについてまとめました。

ダウンタウンのお二人とは、強い絆で結ばれている方のようですね。

2023年末から、性加害問題が注目されている松本人志さんですが、週刊文春の出版前に大崎洋さんには連絡をしていたのだとか。

大崎洋さんは遠くから見守る考えのようですが、現在は大阪・関西万博催事検討会議の共同座長として公の場での発言機会も多く、今後も注目を集めそうですね。

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