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【画像】GACKTの若い頃(昔)がかっこいい!学生時代から現在までを時系列に紹介!

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2022年12月14日、GACKTさんが「芸能人格付けチェック!2023お正月スペシャル」に2年ぶりに出演することが発表され話題になりました。

格付けチェックといえば、GACKTさんを思い浮かべる方も多いのではないかと思います。

そんな一流芸能人のGACKTさんですが、なんと2022年12月現在は49歳。

とてもアラフィフには見えないかっこ良さですよね。

しかもどうやら、昔からかっこいいようです。

今回は、GACKTさんのかっこ良さを、学生時代の若い頃から現在まで、時系列に沿ってご紹介します。

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【画像】GACKTの若い頃(昔)がかっこいい|幼少期から学生時代

画像引用:amazon

GACKTさんは、沖縄県で生まれています。

現在のご実家は滋賀県にあるそうですが、幼少期は沖縄で過ごされていました。

GACKTさんの父がトランペット奏者だったこともあり、幼い頃から音楽が身近な環境で育ったようですが、なかなか壮絶な幼少期であったことを、著書『自白』で明かされています。

幼少期はスパルタ教育で育つ

GACKTさんの父は、自衛隊の音楽隊に所属する指揮者兼トランペット奏者だったそうです。

父が自衛隊所属ということもあり、かなり躾にも厳しいご実家だったようです。

テレビは視聴を禁止されており、家ではシャンソンやタンゴ、クラシックが流れていて、GACKTさんもご両親の意向で3歳の時からピアノを習っていました。

しかし、GACKTさんはピアノが好きではなかったのだとか。

とはいえ、初めから好きではなかったという訳ではなく、最初に教わった先生はとても良い方で、幼いGACKTさんはピアノが大好きになりました。

しかし小学生になった頃から、ピアノが苦痛になっていきます。

原因は、引っ越しで先生が変わったことや、先生がとても厳しかったことなどにあったようです。

その頃の先生はかなりスパルタで、「やる気あるの!?」など怒りながら腕や肩を強く叩かれていたそうです。

今の時代では考えられませんね。

辞めたい」と言っても辞めさせてもらえなかったGACKTさんは、辞めたい一心で先生に対してあらゆる嫌がらせをし、辞めさせてもらえるように仕向けたのだとか。

そしてついに、先生と母がもう無理だと諦めて、11歳の時ピアノを辞めることが出来たのだそうです。

7歳の時に溺れて臨死体験

GACKTさんは7歳の時、沖縄の海で溺れて臨死体験をしています。

海で溺れて、水を大量に飲んだ時に、急に音がパッと消えて、それまでの人生が走馬灯のように見えたそうです。

7歳のGACKTさんは死を覚悟しましたが、幸い死ぬことはありませんでした。

しかしその後から、霊的なものが見えるようになってしまったのだとか。

10歳の時に精神疾患を患う

いわゆる『霊感』を持ったGACKTさんですが、生きている人とそうでない人(霊的なもの)を見分けることが出来ませんでした。

そのため、他の人には見えていない人達と普通に会話をしていました。

側から見ればずっと独り言を言っている状態です。

その様子を度々目にした両親は、GACKTさんが精神的におかしくなったのではないかと心配し、精神科も受診させていたようです。

そしてGACKTさんは、10歳の時に突然、胃や内臓の激痛に襲われて倒れてしまいます。

痛みの原因は不明でしたが、「まだ発見されていない伝染病かもしれない」などと言われ、精神も不安定だと思われていたことから、鉄格子のついた小児隔離病棟に入院することになったそうです。

隔離病棟なので、入院している子供は重病の子が多く、仲良くなった子が翌日に亡くなる、なんてことも日常茶飯事でした。

しかも、GACKTさんには霊感があったので、その死を予知してしまっていたのだそうです。

もう地獄のような毎日だったでしょうね。

そんな状態が続き、GACKTさんは「ここにいたら僕は本当におかしくなる」と思い、自分は精神疾患ではないことを証明して、早くここを出なくてはならないと考えるようになります。

そこでGACKTさんがとった方法は、大人を真似ること、だったそうです。

担当医や周りの大人の話し方や動作を真似ることで、普通の人になりきったGACKTさんは、無事に退院することが出来ました。

しかし、自分自身は本当は何も変わっていないのに退院の許可が出たことで、GACKTさんはますます大人への不信感を募らせていきます。

ちなみに、成長すると共に霊感は弱まっていき、現在はもう霊などは見えなくなっているそうです。

中学時代にピアノに目覚める

画像引用:ORICON

GACKTさんは、滋賀県の栗東西(りっとうにし)中学校の出身です。

中学時代のGACKTさんについては、以前GACKTさんご自身がラジオで「ヤンチャだった」と話されています。

吹奏楽部に所属し、トランペットを担当していたそうですが、学校はサボりがちだったそうです。

そんな状態だったので、国語のテストでは1桁の点数をとったことがあることも、ラジオ番組内で明かされています。

そんなGACKTさんですが、14歳の時にヤンチャ仲間の家でグランドピアノを目にしたことで、ピアノに目覚めます。

画像引用:PRTIMES

どうやら、この友達の親が音楽の先生だったそうで、友達が流暢に演奏する姿を見て『こいつには負けたくない』と負けず嫌いに火がついたようです。

難度の高い楽譜を買い、あんなに嫌がっていたピアノを死に物狂いで練習し始めたGACKTさん。

両親が「もう練習は辞めて」と悲鳴をあげるほど、寝る間も惜しんで練習していたのだそうです。

今のGACKTさんがあるのは、この友達のおかげと言えるのかもしれませんね。

高校時代は実家の両親と壮絶な喧嘩

中学時代、学校をサボりがちで成績も良くなかったというGACKTさんですが、高校は滋賀県立守山高校に進んでいます。

この守山高校は、偏差値69というかなりの難関高です。

成績の良くなかったGACKTさんですが、ドラムの上手い憧れの先輩が守山高校に進学したため、自分も行きたいと思い、中学3年生の時には猛勉強して入学したのだそうです。

すご過ぎますね。

高校時代は帰宅部で、相変わらずヤンチャな生徒だったGACKTさんですが、ドラムに没頭するなど、音楽にはかなりストイックに取り組まれていたようです。

父とは殴り合いの喧嘩

ヤンチャだったGACKTさんは反抗期の頃、父と殴り合いの喧嘩をしていたそうです。

ただ、音楽隊とはいえ自衛隊所属の父はかなり強かったようで、腕っ節には自信のあったはずのGACKTさんも敵わない相手でした。

門限を破り夜中に帰宅すると、首根っこを掴まれて鼻血が出るほどパンチされ、明け方まで説教されたりもしたのだとか。

しかし、負けず嫌いなGACKTさんは、その後も父に挑んだそうです。

父の喧嘩の時の癖を見抜いたから次は勝てる、と思ったというGACKTさんは父にパンチを1発入れることに成功しますが、父は倒れることはなく振り返り「誰殴ったかわかってんだろうな」と…。

そこからは思い出せないくらいの地獄だったと話されています。

それでも諦めなかったGACKTさんは、次はキックも使って攻めようとしますが、父には通用しませんでした。

それどころか「甘い」とダメ出しされ、その後は本当に死ぬかと思うほどの返り討ちにあったそうです。

結局、父との死闘にGACKTさんが勝つことはありませんでした。

それにしても、お父さんが強過ぎてビックリですね。

母には包丁で刺される

高校時代、GACKTさんには交際している彼女がいました。

しかしある日、その彼女のことを母が悪く言った事が原因で、キッチンにいた母と口論になったそうです。

そしてついに、母がGACKTさんのお腹に、持っていた包丁の刃先を当てるほどまでに口論がヒートアップしてしまいます。

そんな状況でも、反抗期だったGACKTさんは「刺せるもんなら刺してみろやー!」とさらに母を挑発したのだそうです。

するとその瞬間、本当にブスッと刺されてしまいました。

自分の状況を理解したGACKTさんは、ビックリしながらも母に対して「ちょっと刺さってますけど…」と声をかけたのだとか。

当然ですが、母はかなり焦っていたそうです。

自分の息子に包丁を向けるだけでもかなりヤバいと思いますが、本当に刺してしまうとは…。

これはGACKTさんにとっても、かなりショックな出来事だったそうです。

父には流血するほど殴られ、母には包丁で刺されるとはなんとも壮絶な高校時代です。

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画像】GACKTの若い頃(昔)がかっこいい|学生時代から現在まで

GACKTさんは高校を卒業後、大学に進学しています。


京都の京都学園大学(現・京都先端科学大学)法学部に進学したGACKTさんは、Cain Feel(カインズフィール)というヴィジュアル系バンドを立ち上げて京都を拠点に活動していました。

Cain Feel(カインズフィール)での活動は、GACKTさんが上京するまで約5年間続きました。

MALICE MIZER時代のGACKTがかっこ良すぎる

1995年、GACKTさんが22歳の頃に上京し、MALICE MIZER(マリスミゼル)の二代目ボーカルとして活動を開始します。

ちなみに、時期は不明ですが、GACKTさんは大学を中退されています。

MALICE MIZER(マリスミゼル)は、GACKTさんの加入から2年後にメジャーデビューも果たし、SHAZNA、L’acryma Christi、FANATIC◇CRISISと共に、『ヴィジュアル系四天王』と呼ばれるほどの人気バンドになっていきました。

しかし、1998年7月の横浜アリーナ公演後にGACKTさんが失踪、その後1999年1月に正式に脱退が発表されています。

当時、GACKTさんの失踪・脱退は世間を騒がせましたが、脱退から20年が経った2019年に、フジテレビのシンソウ坂上という番組で、GACKTさん自身が脱退について明かされています。

「方向性の違いというよりも、25歳の時にバンドのメンバーが集まって、もう解散するみたいな話になっちゃったんです。もちろん、続けるつもりだったんですよ。

だけど、話す価値もないみたいな状態になって、僕対メンバー・社長という形に、完全に分かれて。だったら、僕は自分の音楽を作ろうと思ったんです

引用元:FNNプライムオンライン

やはり、メンバー間で確執があったことは間違いないようですが、番組を見たMALICE MIZERのファンからは「美談にしないで欲しい」という反論も多くあったそうです。

画像引用:amazon

MALICE MIZER脱退後、GACKTさんは『Mizerable』でソロデビューを果たし、大ブレークしました。

「野に咲く花のように」を歌うGACKTがかっこ良すぎる:2006年

GACKTさんが『野に咲く花のように』を書くキッカケになったのは、GACKTさんがDJをしていたラジオ番組への投稿でした。

曲を作るきっかけとなったのは阪神淡路大震災の直撃を受けた高校生A君からGacktにあてた一通のメールでした。

A君の高校には大震災を契機に「環境防災科」が設立されましたが、定員割れで存続が心配される時期がありました。

A君はあこがれのGacktに、力になってほしいと嘆願のメールを送りました。

阪神淡路大震災を体験しているGacktは、学科の存続を願いつつも、まずA君自身が魅力的な人間になり入学希望者獲得のために努力することを促すものでした。

そして存続が決った年の卒業式、突然現れたGacktが卒業生の前で初めて歌ったのがこの曲です。

引用元:NHKみんなのうた

「自分が在籍している高校の学科が定員割れの危機なので応援して欲しい」と、リスナーの少年から相談を受けたGACKTさんは、「学科の魅力を自らアピールして、定員割れを防げたら卒業式に曲を書き下ろして送るよ」と約束しました。

その後、投稿者の少年の学科が無事に定員割れを回避した為、約束を果たすために楽曲制作を開始したGACKTさん。

2006年2月28日、兵庫県立舞子高等学校の卒業式にサプライズゲストとして登場し、『野に咲く花のように』を初披露しました。

高校生との約束をきっちり守るGACKTさん。素敵ですね。

この卒業式ライブをきっかけに、GACKTさんはほぼ毎年どこかの高校を訪問して、サプライズで卒業式ライブを行い、『野に咲く花のように』を披露しています。

この曲は、普段のライブでは披露することはなく、卒業式の時にしか歌わないそうです。

画像引用:HMV &BOOKS on line

その後、『野に咲く花のように』はシングルとしても発売され、NHKみんなのうたにも採用されるなど、名曲として広く知られています。

ちなみに、ラジオに投稿してきたリスナーの少年・田中涼さんはその後、GACKTさんのスタッフとして働き、GACKTさんを支えています。

 NHK大河ドラマ『風林火山』に上杉謙信役のGACKTがかっこいい:2007年

GACKTさんは自らを『表現者』と称し、歌手としてだけではなく俳優としても活動されています。

NHKの大河ドラマ『風林火山』にも上杉謙信役で出演していました。

画像引用:ORICON NEWS

画像引用:NHK放送史

上杉謙信といえば、僧形のイメージが強いですが、GACKTさんが演じた上杉謙信は長髪に狩衣姿で、インパクトがありました。

GACKTさん演じる上杉謙信が僧形の姿を見せたのは、第1回放送のイメージ映像の時だけだそうです。

『翔んで埼玉』で優秀主演男優賞を受賞:2019年

画像引用:映画.com

2019年、GACKTさんと二階堂ふみさんの主演映画『翔んで埼玉』は、日本の映画賞を席巻しました。

画像引用:マイナビニュース

GACKTさんも、第43回日本アカデミー賞で優秀主演男優賞を受賞し受賞式に参加されています。

優秀助演女優賞を受賞した二階堂ふみ、優秀助演男優賞を受賞した伊勢谷友介、優秀主演男優賞GACKTと俳優陣も続々受賞していた同作。

GACKTは「今回は高校生役と聞いて、断らせていただきました」と明かし、周囲を驚かせる。

さらにGACKTは「魔夜(峰央)先生の大ファンで、魔夜先生から直々にGACKTじゃないとダメだという言葉をいただき、今ここにいて、断らなくてよかったなあと思っています」と語った。

引用元:マイナビニュース

かなりぶっ飛んだ映画だったので、最優秀監督賞を受賞した武内英樹監督は受賞式で「とっちゃいけない作品がとっちゃった…」と苦笑されていました。

とはいえこの年、『翔んで埼玉』は、第44回報知映画賞特別賞、第62回ブルーリボン賞作品賞、第43回日本アカデミー賞最優秀監督賞、最優秀脚本賞を受賞して話題になりました。

現在、続編も撮影されているそうなので、公開が楽しみですね。

神経系疾患で「無期限休止」を発表:2021年

画像引用:デイリー

2021年9月7日、GACKTさんの無期限活動休止が発表されました。

エージェント会社によると、GACKTが8月6日に仕事先のキプロスから帰国後、本人から「体調が悪い」と連絡を受けた。
しばらくして容体が急変。幼少からの神経系疾患がきっかけとなり、一時は命にも関わる状態に陥ったという。
体調が悪化した状況が数週間続きましたが、体重は10キロほど落ちたものの現在の容体は安定しております。しかし、重度の発声障害を併発し現段階では声を発する仕事の続行は不可能と医師からの判断がございました」としている。
引用元:中日スポーツ

GACKTさんの病気については、持病の神経系疾患としか明かされていません。

しかし、一時は危篤状態であったことや、10kgも体重が減少した事や重度の発声障害があることが発表され状態が心配されていました。

芸能活動再開:2022年

画像引用:Twitter

心配されていたGACKTさんですが、2022年5月に病状が発表されています。

「九州再生医療センター 医療法人香華会 朱セルクリニック」が16日、アーティスト・GACKTの全般的な治療を担当していると発表した。

医療施設側の発表によると、

「9月より海外で治療をしておられましたが、その海外の医療機関を通しまして、当施設に相談があり、昨年末より日本国内での治療を引き継いでおります」。

医療施設はGACKTの病状について、「自己免疫の異常による免疫低下に伴う肝機能障害ならびに呼吸機能低下、免疫低下による全身皮膚炎及び脱毛症、上記に伴う発熱及び疼痛、並びに声帯機能の低下」と発表。

続けて、「提携医療機関と連携を行い医療チームを構築し、アーティストGACKT様の病状についての精密検査と治療を行って参りました。

その結果、発声障害については通常治療で回復してきましたが、神経系疾患による免疫不全において全身皮膚炎や脱毛症が進行しており、当施設では当該治療にあたりご本人自身の細胞を用いた幹細胞治療とリハビリを開始しております」とした。

引用元:神戸新聞

この時、まだ治療が続いている状況ではあったものの、GACKTさんは日常生活に支障がないくらいまで回復されていたそうです。

同時期にGACKTさんの公式サイトでも、徐々に芸能活動を再開することが発表されました。

そして2022年10月1日、完全復活を報告されています。

昨年9月から重度の発声障害などの体調不良で活動休止していた歌手で俳優のGACKT(49)が同日、フジテレビが「翔んで埼玉」を放送した土曜プレミアム枠の冒頭、VTR出演し「体調不良で活動を休止していましたが、おかげさまで元気な姿で帰ってくる事が出来ました。見ての通りの復活です」と語った。

「続編の撮影がついに再開致します。是非次回作も楽しみに待っていて下さい」と伝えた。

引用元:デイリー

復帰後、トークショーに参加したGACKTさんは活動休止期間について、「免疫力が下がって肌がボロボロ、抜け毛も酷くてもう表には出られないかと思っていた」と、苦悩していたことを明かされています。

無事に復帰できて良かったです。

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【画像】GACKTは若い頃(昔)に結婚していた

ミステリアスな雰囲気が魅力のGACKTさんは、プライベートは謎が多い印象です。

しかし、2020年1月に出演した『直撃!シンソウ坂上SP』で、過去の結婚についてあっさりと認めています。

「若い時結婚してた?」と聞かれると、GACKTは「しました。20歳のときにしてました」とあっさり告白。

相手の女性は10歳年上だったという。

ただし、GACKTは結婚に意味を感じていなかったが、彼女から「どうしても籍を入れたい」と言われて結婚したのだとか。

続けてGACKTが「(結婚生活は)3か月だけですけどね」と話すと、坂上は「えっ!?」と驚き。

相手の女性は籍を入れた直後は精神的に落ち着いていたのだが、その後、生活が何も変わらないことに気づき、精神を病んでしまったという。

GACKTは「それで……ちょっと無理だなと。このままじゃ本当に無理だなという感じになって別れた(離婚した)」と語った。

引用元:エンタメRBB

この頃、GACKTさんはホストやカジノディーラーとして働いていて、相手の女性は同じ職場でディーラーをしている韓国人の方だったようです。

離婚の理由は、GACKTさんのファンからの嫉妬だと言われています。

ファンと言っても、当時GACKTさんはまだデビューしていないので、ホストクラブのお客さんだと思います。

お客さんの中には、本気でGACKTさんの事が好きな方もいたかもしれません。

奥さんが、そんな熱狂的なファンからの嫉妬に耐えられなかった、ということのようです。

嫌いになって別れた訳ではなく、奥さんを守ろうとした感じがしますね。

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【画像】GACKTのプロフィール

画像引用:GACKT OFFICIAL WEBSITE

名前:GACKT(がくと)

本名:大城ガクト(おおしろ がくと)

生年月日:1973年7月4日

年齢:49歳(2022年12月現在)

出身地:沖縄県

血液型:A型

2017年、本名が大城ガクトであることを自身のブログで初めて公表されました。

しかし、GACKTさんの本名が2度も改名されていることは、ファンの間では有名です。

まず、GACKTさんの最初の本名は、岡部学(おかべ さとる)でした。

生まれた時から高校時代まで、父方の姓である岡部を名乗っていたそうです。

GACKTさんの1度目の改名は、両親の離婚によるものでした。

岡部学(おかべ さとる)から、大城学(おおしろ さとる)に名前が変わります。

詳しい事情は分かりませんが、GACKTさんの両親が離婚した際、GACKTさんは祖母の養子に入り、大城学に名前が変わったと言われています。

そして、2度目の改名で、大城学から大城ガクトに改名されています。

2度目の改名の時期や理由については明かされていませんが、明確な理由がある15歳以上なら、家庭裁判所で手続きをすれば改名ができるそうです。

GACKTさんにとって、本名と芸名が同じ方が都合が良い事があったのかもしれませんね。

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まとめ

一時は命にも関わる状態から、無事に復帰されたGACKTさん。

2年ぶりの『芸能人格付けチェック』では連勝記録を伸ばすことができるのか、そして「チームGACKT」のコンビは誰なのか気になります。

また、撮影が再開しているという映画『翔んで埼玉』の続編の公開も楽しみです。

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