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【画像】雅子さまの若い頃が美人でかっこいい!幼少期から現在までを時系列に紹介!

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2023年で御成婚されて30年を迎える皇后雅子(旧名:小和田雅子)さま。

皇太子妃の頃は体調などのこともあり表に出る機会が少なかったですが、皇后さまになってからは公務などにもご出席される機会が増えました。

今、80年代ファッションなどが注目されていることもあり、皇后雅子(旧名:小和田雅子)さまの若い頃のファッションを振り返る特集なども増えています。

キャリアウーマンだった皇后雅子(旧名:小和田雅子)さまは当時から美人でかっこいいと言われていましたが、どういった仕事をしていたのかなど知らない人も多いのではないでしょうか。

そんな皇后雅子(旧名:小和田雅子)さまの現在に至るまでをご紹介していきたいと思います。

ご成婚30年記念 雅子さまの美しき軌跡

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【画像】雅子さまの若い頃が美人すぎる!幼少期から外交官時代まで

皇太子妃の「婚約内定」報道後、初めて外出される皇后さま(当時・小和田雅子さん)。写真撮影のための外出で、自宅前に集まっ…

(引用元:時事ドットコムニュース

この写真は婚約内定後の雅子さまです。白いコートがとてもオシャレで30年近く前とは思えません。

この頃はまだご実家で生活をされていました。

ここでは、雅子さまがご結婚されるまでを振り返っていきます。

雅子さまの実家の家族構成は5人

田園調布雙葉中学に入学し、家族と一緒に記念撮影される皇后さま(中央・当時・小和田雅子さん)=1976年4月【時事通信社…

(引用元:時事ドットコムニュース

上記は雅子さまの家族写真です。

雅子さまの実家の家族構成は父・母・雅子さま、双子の妹の5人です。

父:小和田恆(おわだ ひさし):年齢・91歳

母:小和田優美子:年齢85歳

長女:小和田雅子(雅子さま):年齢59歳

次女:小和田礼子:年齢56歳

三女:小和田節子:年齢56歳

※2023年4月現在

雅子さまには妹が2人いますが、双子さんです。

雅子さまのお父様は外交官だったため、雅子さまの家族は世界各国に転勤をしています。

雅子さまはお生まれになったのは東京ですが、1歳になるとソビエト連邦に引っ越しされます。

1968年にはアメリカへ引っ越し、1971年には日本へ帰国。そのまま日本での生活が続くかと思っていましたが、1979年に再度お父様の仕事の関係でアメリカへ引っ越しをされます。

7~15歳まで(小学校1年3学期 – 高校1年1学期)は日本の学校に通っていた雅子さまですが、高校1年2学期からはアメリカで教育を受けることになります(アメリカでは11年生)。

大学時代、再度お父様の仕事で家族はロシアに引っ越しをしますが、雅子さま大学在学中だったため、1人でアメリカに残ったそうです。

幼少期がかわいい

ニューヨークの自宅で、双子の妹と写真撮影される皇后さま(右・当時・小和田雅子さん)=1969年【時事通信社】

(引用元:時事ドットコムニュース

この写真は双子の妹さんが3歳くらいなので、雅子さまは5~6歳くらいでしょうか。

右側が雅子さまです。目が大きくとても愛らしい表情をしていますね。

今の雅子さまの面影もあるので、小さい頃から可愛く美人さんだったのが分かります。

幼少期、雅子さまはお父様の仕事の関係でアメリカに住んでいたので幼稚園と小学校(1年の2学期まで)はニューヨークの学校へ通っていました。

もちろん日頃使う言語は英語ですが、日本語を忘れないようにと日本学校にも通っていたそうです。

小学校時代はおてんば娘?

父親の赴任先のモスクワで、初めてスキーをされる皇后さま(当時・小和田雅子さん)=1967年1月【時事通信社】

(引用元:時事ドットコムニュース

この写真は雅子さまが小学生くらいの頃なのでしょうか。スキーをしている姿が様になっていますね。

実は雅子さまのご家族は毎年冬になると数週間スキー旅行をしていたそうです。そのため、スキーも得意なんだとか。

雅子さまは6歳からピアノを習っていたため、とてもおとなしいイメージがあったようです。

でも実際は双子の妹さんとローラースケートをしたり、外で遊ぶことが多く日焼けして元気な女の子でした。

ローラースケートというと転んで怪我をしそうなイメージですが、防具も万全でとても上手に滑っていたそうです。

そういう姿がおてんば娘に繋がっているのかもしれません。

雅子さまは小学生の時にアメリカから日本に帰国しました。アメリカにいる頃も日本語学校へ通ったり、家庭では日本の行事(お正月やお雛様など)は行っていました。

しかし学校行事は現地のままだったので、アメリカと日本との差に戸惑いもあったようです。

アメリカでは入学式や運動会がなかったようで、雅子さまはお母様に質問をすることも。

アメリカというと運動会などよりも、パーティーやハロウィンといったイメージが強いので日本のような行事はなかったのも分かります。

中学校時代はスポーツ女子

(引用元:女性自身

この写真は優勝カップを持っていますね。何かで優勝した時の写真なのでしょうか。

雅子さまは中学校に入るとソフトボール部に所属します。そのソフトボール部ですが、元々は学校にはなく、雅子さまが自ら結成したと言われていますが本当なのでしょうか。

中学2年生の時、雅子さまはお友達とソフトボール部を立ち上げました。そして立ち上げて1年で、世田谷区の大会で優勝をするのです。

チームがそもそも強かったというのもあるのですが、この優勝には心理戦もあったようです。

少年野球などを見ると、ベンチから相手チームを挑発するような掛け声をかけているのを見かけたことはありませんか?

実は雅子さまたちが参加したソフトボール大会も同じような光景があったようです。

雅子さまの通っていた田園調布雙葉中学校はカトリックの女子中学校です。

相手を挑発するような掛け声などを知らなかったそうですが、大会中に試合だけではなくやじなどで相手を挑発するということを学びます。

そこで雅子さま含めメンバーで相手チームにやじを飛ばしたり挑発するような掛け声を出すことで相手の心理をかき乱しエラーを誘って勝っていきます。

雅子さまがどんな感じでやじを飛ばしていたのか、とても気になりますね。

高校時代はポッチャリしてた?

ベルモントハイスクールのソフトボールチームメンバーと記念撮影される皇后さま(前列右から3人目・当時・小和田雅子さん)=…

(引用元:時事ドットコムニュース

前列の右から3人目が雅子さまですね。確かに中学時代に比べると少しぽっちゃりしたように見えます。

でも運動をしているので、ぽっちゃりというより運動をするためのしっかりとした体格になったという印象です。

雅子さまは高校1年生2学期の時、お父様の仕事でアメリカのボストンへ移住しました。

日本では学力に応じて進級できる飛び級というものはありませんが、アメリカでは学力が高ければ飛び級で上の学年で勉強をすることができます。

雅子さまはアメリカへ移住した際、本来であれば高校1年生の学年になるのですが、飛び級で高校2年(アメリカでは11年生)からアメリカの高校へ通うことになります。

日本の中学校へ通っている時、雅子さまはソフトボール部に所属していましたが、アメリカの高校でもソフトボール部に所属します。

日本よりアメリカの方がソフトボールは盛んなので、高校にすでにチームもあったようです。

高校生の時はソフトボール部だけではなく、数学クラブにも所属し勉学にも励まれます。

雅子さまは在学中にはドイツ政府運営の「ゲーテ・インスティトゥート賞」や「ドイツ総領事賞」を受賞しています。

これはドイツ政府運営なので、ドイツ語が必要となります。雅子さまはドイツ語も学んでいたということになりますね。

卒業する時にはアメリカ政府が米国全体の上位5%の生徒に贈る「ナショナル・オーナー・ソサイティ」(NHS)賞も受賞しています。

大学はハーバード大学から東大へ

ハーバード大学を卒業し、学友らと握手される皇后さま(当時・小和田雅子さん)=1985年6月、米ケンブリッジ【時事通信社】

(引用元:時事ドットコムニュース

この写真は雅子さまがハーバード大学を卒業する時のものです。

雅子さまはそのままアメリカの大学でハーバード大学へ入学します。

実はこの時、雅子さまのお父様はロシアへの転勤が決まっていました。今までならご家族で移住という形を取っていたのですが、雅子さまの将来の就職のことなどを考えて雅子さまだけアメリカへ残ったそうです。

雅子さまはハーバード大学の経済学部に入学し、国際経済学を専攻されます。

在学中は1年の時に日本文化クラブを創設し、日本文化を紹介するイベントを企画していました。

また、1年の夏休みにはドイツに2ヵ月滞在してドイツ語を勉強し、2年の夏休みにはフランスに滞在してフランス語を学んでいました。

雅子さまはハーバード大学を卒業後、東京大学法学部第3類(政治コース)の3年に入学されます。

しかし、東京大学に入学した後に外交官試験に合格したため、東京大学を中退して外務省に入省します。

外務省時代がかっこいい

まずはこの動画をご覧ください。外務省に入所前の雅子さまのインタビュー映像です。

外務省に入省して外交官になる女性も多少はいたようですが、当時の雅子さまはキャリアウーマンの先駆けとも言われていたようです。

大学生時代までは肩まであった髪の毛も、ショートにカットされてとてもかっこいいですね。

雅子さまが外務省に入省する前から女性の外交官の方は数名いたようですが、バリバリのキャリアウーマンというとやはり雅子さまが浮かぶという人が多いようです。

日本や海外で学校に通っていたことで、日本と外国の価値観の違いが面白いと感じていた雅子さまには外交官は最適な職業だったのかもしれません。

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【画像】雅子さまの若い頃が美人すぎる!結婚から現在まで

パレードで人々の祝福に笑顔で応えられる新天皇、皇后両陛下=1993年6月、東京都千代田区の半蔵門交差点付近【時事通信社】

(引用元:時事ドットコムニュース

上記の写真は御成婚パレードの時の雅子さまと天皇陛下(当時 皇太子)です。笑顔がとても素敵で、幸せなのが伝わってきますね。

現在の雅子さまも素敵なのですが、若い頃は美人でカッコいいと言われています。

ここでは、結婚から現在の雅子さまを振り返ってみましょう。

皇太子浩宮(今上天皇徳仁)さまとの馴れ初めは

雅子さまへ6年越しの一途な恋、皇太子浩宮さまのプロポーズ大作戦 | 〜新しい時代の皇后の軌跡〜<br>「雅子さまの生き方」 | mi-mollet(ミモレ) | 明日の私へ、小さな一歩!(1/3)

雅子さまと天皇陛下(当時 皇太子)との馴れ初めですが、初めての出会いは昭和61年(1986年)10月18日スペインのエレナ王女を歓迎する皇室主催の茶会でお会いになりました。(この時は挨拶のみ)

その1ケ月後に英国大使館で開かれた日英協会主催のパーティでもお二人は会われますが、この時も挨拶程度だったそうです。

そして3度目は1986年12月30日、天皇陛下(当時 皇太子)が雅子さまを食事に招待し、楽しく会話をされたそうです。

その後1987年1月9日の日英協会の餅つきパーティでも再開。

3ヶ月の間に4度もの出会いがあり、天皇陛下(当時 皇太子)は運命の出会いだと思われていたようです。(つまり天皇陛下(当時 皇太子)の一目惚れだったようです。)

その後は、雅子さまは外務省の在外研修で英国オックスフォード大学に留学。

平成4年(1992年)8月、帰国した雅子さまと4年10ヶ月ぶりに再会。

平成4年(1992年)10月天皇陛下(当時 皇太子)は雅子さまに結婚を申し込まれます。

しかし、雅子さまは天皇陛下(当時 皇太子)のプロポーズを断わります。

それでも天皇陛下(当時 皇太子)は諦めることが出来ず、猛アタック。

平成4年(1992年)12月12日に正式にプロポーズを承諾。

平成5年(1993年)1月6日に皇太子妃報道に関する申し合わせが解除され、午後8時45分、テレビ、ラジオにご婚約内定のニュースが公開されました。

結婚の儀・パレードが凄すぎた:1993年6月9日(29歳)

皇太子徳仁親王と小和田雅子の結婚の儀 - Wikipedia

こちらの動画をご覧下さい。

結婚の儀のパレードですが本当に凄い人です。

 

そしてこちらは雅子さまの外務省退職の挨拶の様子です。

 

この当時の雅子さま、本当に綺麗でかわいいですよね。

そして気品があります。

愛子さま出産:2001年12月1日(38歳)

新天皇陛下に付き添われ、長女愛子さまを抱いて退院される皇后さま=2001年12月、皇居・宮内庁病院【時事通信社】

(引用元:時事ドットコムニュース

雅子さまは結婚後1999年にご懐妊なさいましたが、スクープが出た直後に流産。

その後平成13年(2001年)12月1日に第1皇女子・愛子内親王が誕生します。

結婚から8年で子供を授かりますが、本当に雅子さまは辛い思いをされたようです。

愛子さまについてはこちらの関連記事をお読み下さい。

【画像】愛子さまのかわいい画像を赤ちゃん時代から現在まで時系列に紹介!

 

適応障害と診断される:2004年(41歳)

雅子さまに「適応障害」を語っていただけたら… 拡大写真 - 矢部万紀子|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

雅子さまは出産後2003年に帯状疱疹を発症。

2004年から適応障害の診断を受け療養されます。

適応障害になった要因は様々あるようですが、このような意見があります。

そんな雅子さまが、2003年からご療養に入られた原因とはなんだったのか? 雅子さまは「適応障害」と宮内庁から発表された。

決定打となったのは雅子さまが退院した後、当時の湯浅利夫宮内庁長官が発した言葉だった。

《皇室の将来を考えると、秋篠宮さまに3人目を希望したい》

 精神科医の片田珠美さんは、この発言が雅子さまを極限まで追い詰めたと指摘する。

「完璧主義で努力家の雅子さまは、それまで自らの努力で成功体験を積み重ねてこられました。それなのに出産後、愛子さまが男児でなかったことで第2子出産の期待が高まり、さらに湯浅長官の発言によって“自分は見捨てられた”との絶望感やストレスに見舞われたはずです」

そもそも雅子さまは「適応障害」でなかった可能性が高いと片田さんが続ける。

「適応障害とは環境に適応できず情動面や行動面で問題が出現する病気ですが、ストレス因子がなくなれば6か月以内に治るとされます。雅子さまの病状は長すぎるので、適応障害とするのは適当ではありません。

 私は出産によるホルモンバランスの急激な変化に育児不安が重なった『産後うつ』に湯浅長官の不適切発言などのストレスや愛子さまの学校問題などが重なり、うつが長期化したとみています。うつと診断すると本人の性格に原因があるとされかねないため、環境を原因とする適応障害と発表したのではないでしょうか」

引用:NEWSポストセブン

このように雅子さまは本当に精神的に辛い思いをされていたようですね。

義母の皇后美智子が上皇后となり皇后に:2019年(56歳)

(引用元:@niftyニュース)

2016年8月8日、当時の天皇陛下は皇太子へ天皇の位を生前に譲る「生前退位」の意向が伝えられます。

これによって2017年の皇室会議で2019年4月30日を天皇退位の日とし、2019年5月1日より雅子さまは皇太子妃から皇后さまになりました。

皇后さまになられたことで、今まで義母の美智子上皇后さまが務めていた日本赤十字社名誉総裁を引継がれ、現在は雅子さまが名誉総裁を務められています。

立皇嗣の礼の「朝見の儀」で17年ぶりに肉声を発す:2020年(57歳)

こちらは、2020年11月8日に行われた立皇嗣の礼のうちの「朝見の儀」の動画です。

皇太子様が天皇になられたため、次の皇位継承順位1位が秋篠宮さまになられたことを広く示す儀式がこの立皇嗣の礼になります。

「朝見の儀」は、天皇、皇后両陛下が秋篠宮ご夫妻からあいさつを受ける儀式で、この時に天皇陛下だけではなく雅子さまもお言葉をかけられたと言われています。

体調が優れないことが多く、公務なども控えられることが多かった雅子さま。コメントなどの発表はありましたが、肉声でのお言葉は17年ぶりということで注目を集めました。

 

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【画像】雅子さまの若い頃の髪型やファッションを紹介

時代が追いつかない…皇后雅子さま「若かりし素顔」の優秀すぎる ...

(引用元:GENDAI media

この写真、実は30年近く前のものなのですが全くそんな感じがしませんよね。

今、昭和ファッションが見直されていて、若い世代にもかわいい・カッコいいと言われています。

雅子さまのファッションも振り返ると今でもとてもオシャレでかわいいと言われています。

雅子さまの若い頃のファッションやヘアスタイルがどんな感じだったのかちょっとだけ振り返ってみましょう。

雅子さまの若い頃の髪型が素敵

お妃(きさき)候補と報道された外務省の職員時代、目黒の自宅を出て登庁される皇后さま(当時・小和田雅子さん)=1988年…

(引用元:時事ドットコムニュース

こちらは外務省勤務で外交官時代の雅子さまです。

外務省に入省するまでは肩までのセミロングヘアだった雅子さまですが、外務省への入省が決まった頃にはこのようなショートカットにされていました。

セミロングのヘアスタイルもとてもお似合いでしたが、ショートカットもとても似合っていますね。

ショートカットにすることで働く女性というイメージも強くなり、キャリアウーマンの先駆けと言われていた意味も分かります。

雅子さまの若い頃のファッション

結婚を前に、宮内庁で宮中祭祀(さいし)についての講義を受けられる皇后さま(当時・小和田雅子さん)=1993年3月【時事…

(引用元:時事ドットコムニュース

この写真は婚約が決まった後に勉強をされている様子ですね。

グレーのワンピースですが、金ボタンがワンポイントになっていたり白の襟がアクセントになっていてとても素敵です。

この時期の雅子さまはワンピース姿が多かったですが、どれもオシャレなのですがシンプルなものが多かったようです。

若い女性の中には清廉な雅子さまのファッションを真似しようと、自分のオシャレに取り入れるという人もいました。

 

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雅子さまのプロフィール

ここで雅子さまのプロフィールを紹介していきます。

全名:雅子(まさこ)

旧名:小和田 雅子(おわだ まさこ)

出身地:東京都

生年月日:1963年12月9日

年齢:59歳(2023年4月現在)

お印:ハマナス

御成婚:1993年6月9日

子女:愛子内親王

上記でも紹介しましたが、雅子さまはお父様の仕事の関係で幼少期から複数の海外で生活をしていました。

そのため、英語はもちろんのこと学生時代にはフランス語、ロシア語、ドイツ語も堪能です。

また外交官の経験も経ているので、海外の来賓などがある時は通訳を通さないで会話をされる様子なども見かけることがあります。

 

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まとめ

雅子さまの若い頃を振り返ってみると、親しみを感じる部分もあってとても魅力的ですね。

語学はもちろんですが、スポーツ万能だったり流行のオシャレを取り入れたりと私たちと変わらないところを見ると少し身近に感じられるのも嬉しいですね。

コロナ禍で皇室行事が中止になることもあって雅子さまのお姿が見れないこともありましたが、これからはもっと雅子さまのお姿が見れたらと思いました。

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